「源氏物語絵巻」「信貴山縁起絵巻」

「源氏物語絵巻」は、源氏物語を題材にして制作された絵巻としては現存最古のもので、平安時代末期の制作であるとされており、各帖より1ないし3場面を選んで絵画化し、その絵に対応する物語本文を書写した「詞書」を各図の前に添え、「詞書」と「絵」を交互に繰り返す形式である。
物語の挿絵にとどまらず、人物の心意や場面の情趣をも描いた物語絵巻である。
衣装の色合い、色彩構成、人物配置どれもが緊密であり主人公たちのせつない心の動きを効果的にあらわしている。
書も大変美しく、芸術として鑑賞する楽しみがある。
詞書の第5紙の重ね書きは少々読みづらい部分がありながらも切迫した物語雰囲気を視覚的によくあらわしており効果的だ。流麗なひらがなと様々な書風の混在は優美である。また、料紙は場面毎に趣の違うデザインを施されており、どれをとっても濃密で美しい。
斜め上方から見下ろした俯瞰描写が多くみられ、「吹抜屋台」という屋根や天井、蔀度や御簾等、不要なものは一切描かれておらず、鑑賞者に見せたいものだけを最も効果的に見せている。観者は吹抜屋台による俯瞰視点と至近距離にいる女房達の視点、二カ所から物語に参加することができる。
構図には等軸測投影図法と斜投影図法を場面によって巧みに使い分けており、奥行きの表現をほとんどせず、全体に色の面をバランスよく配置し、見る者の目に、画面の美しさや華やかさを強く訴えかけてくる。後ろ姿の人物が極端に小さく描かれているのは女絵の約束事である。
人物は「引目鉤鼻」の手法が用いられている。
一見単純な描法の顔だが、一本の線のように見える目は細い線を引き重ねて、墨の濃淡がつけられていたりするので、微妙な心理が慎ましく表現されている。
絵巻ならではの流動感をあえてせず、画面は一紙で完結し、情景は静止した世界で細部まで入念に描かれていることで、鑑賞者は時間をかけ物語の男女の心情に没入し細かい部分を味わうことができる。

「信貴山縁起絵巻」は、平安時代末期の絵巻物で、院政文化または平安末期文化という平安時代末葉の11世紀後半から鎌倉幕府成立に至る12世紀末にかけての文化の中でうまれた作品である。寺院の創建にまつわる話を絵巻としたもので、通常の寺社縁起のごとく開山の縁起を記したものではなく、平安時代中期に信貴山で修行して当山の中興の祖とされる命蓮に関する説話を描く。
院政期は、貴族勢力の衰退と武士勢力の伸長という過渡期に位置しており、文化の面でもこのような時代の気風を反映した新しい動きがみられた。
貴族の文化的関心が都での現実生活から、地方、庶民、過去(歴史)へと向かう傾向が顕著であり、また、武士・庶民文化の萌芽もみられる点を大きな特色としている。

山崎長者の巻、延喜加持の巻、尼公の巻の3巻からなる絵巻で、都の庶民のみならず地方農村の庶民生活や風俗、躍動感が軽妙な筆致でいきいきと描いてあり、時代の空気がよく示されている。
登場人物の表情が豊かに誇張され戯画的であるので、鑑賞者も思わず顔がほころんでしまうほどだ。
日本の美術作品で民衆の暮らしぶりが描かれるのは、これら絵巻物が最初であり、その意味でも画期的である。
観者は料紙を何紙も継ぎ合わせた巻物の位置や横幅を任意に選択し画面を止めて図を鑑賞できる。
巻物形式の特質である、右から順に見なければならないという物理的な制約を、連続して流れるような細やかな筆致で情景を展開することにより大和絵の特色を効果的に活用している。
尼公(あまぎみ)の巻では東大寺の大仏前で祈りかつまどろむ尼公のさまを描いた部分が、異時同図法を用いた圧巻として知られる。
時の推移がわかりやすい人物配置や画面一杯に広がる自然風景の描写、図様の疎密、テンポの緩急、時として前後する場面表現、視点の遠近の組み合わせによる起伏に富んだ画面展開が流動的に紡がれていく構成は律動感をもっているので物語にひきつけられたまま目をはなす事が出来ず最後までひきこまれてしまう。

信貴山縁起絵巻は漫画のような性質を持っているので物語の推移を先へ読み進む楽しみ方を持っていることと比べると、源氏物語は、額に飾られた絵を、歩みをとめてゆっくりと鑑賞するような楽しみ方がある。人物の心情が画面に細密に描き出され女絵ならではの味わいがある。
「源氏物語絵巻」の世界が閉ざされた安泰した貴族の世界観を表しているのに対し、「信貴山縁起絵巻」は鎌倉新時代をむかえる平安末期の変動する社会情勢、密教図像の流行などの時代感覚背景を持ち、前者の表現を静とするならば、後者は動といえる。

参考文献「じっくり見たい源氏物語絵巻」、佐野みどり、2000年、小学館
「国宝絵巻信貴山縁起絵巻」、村重寧、1979年、岩崎美術社、「日本美術の流れ10−13世紀の美術」、千野香織、1993年、岩波書店
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by artkzr | 2010-07-10 12:18 | 考察