映像文化覚え書き

写真の誕生は、1830年末の西欧において告げられた。
ニエプス、ダゲール、タルボット、バヤールといった複数の発明者がそれぞれの関心のもとに着想を実現した新しい画像形成の技術である。
17世紀にカメラ・オブスクラが実用化されると、多くの画家たちが作品制作の補助用具としてこの機器を使うようになった。
初期の写真術では一回の撮影で得られる画像は一点限りであり複製を生み出す能力を欠いていた。(ダゲレオタイプ)
のちに画像を形成し定着させる支持体が金属のプレートから感光物質を染み込ませた紙に露光を行うことによって黒白を再反転させたプリントを何枚でも複製する技術が実現した。「カロタイプ」の発明である。
発明が一応の達成をみた後に史上初の写真入り刊行物「自然の鉛筆」が1844年から46年にかけて6分冊刊行される。
地理上の遠隔地の景観をとらえ、イメージを間近に所有することが可能になり、その手段としてダゲレオタイプを活用し、画像から腐食銅版画の版を描き起こし、複製化して出版する一方で、その精密な描写力を活用し顕微鏡によって観察される像を画像標本にした。
17世紀以降19世紀に至るまでブルジョワ社会の勃興にともない肖像画の世俗化と拡大が進んだことはそれまで限られた特権階級に専有されていた、自分や家族の肖像を持つという習慣への公衆の欲求に応える革新的な方法であり、活発な肖像ビジネスが成立された。
カロタイプの導入によりフランスにおいては公的機関が発注し、各地の建築遺産、鉄道路線、自然災害など国土の地理的様相を扱う記録事業が遂行された。
並行して先駆的に写真と出版メディアの結び付きは大きく進展し、版画等の媒介のないカロタイプ印画をじかに取り込む写真出版が産業として成り立ち始めた。
鉄塩の感光性を用いた技法の「サイアノタイプ」は19世紀から20世紀にかけて複製技術の需要が高まる工業分野でも重用された。
1851年にガラス板を支持体とし、その表面にコロジオンという物質を塗布しネガ・プレートとして用いる「湿式コロジオン法」の導入が本格化し、写真術の利用が地球的規模に浸透した。
ロンドンでは1855年に史上初の本格的な戦争写真の事例としてクリミア戦争のドキュメントをロジャー・フェントが撮影し、戦争という出来事を写真によって報告すること、写真というメディアによる叙事の方法を実践的に切り拓き、写真画像の流通と享受の形態を広げる一助となった。
さらに鶏卵白を用いた印画紙であるアルビュメン・ペーパーと併用することによりシャープな輪郭、光沢ある表面、コントラストの鮮明さを表現でき、商業目的の量産工程も円滑化した。
1870年代の末、ゼラチン乾板の開発が進み、従来撮影者自らの手で準備されていたネガ・プレートは工場での量産品として市販化され、プレート処理の手順が簡略化された。
高感度のゼラチン乾板の普及により動態撮影が可能になったが、並行して写真の感色性改善という課題を模索していた。その時代から改良を重ねてつくられていたプラチナ・プリントにおける印画法は諧調表現の豊かさと優れた耐久性を備え、その画像をもちいた写真出版物を発表したのは1880年代後半にアート・フォトグラフィの革新者として登場したピーター・ヘンリー・エマーソンである。
その後、造形芸術としての写真表現が時代背景を反映しながら進化をとげる。
19世紀末に発明された網目版印刷法は、写真を文字と同じ紙面に印刷し、一度に大量の情報を多くの人々へ送ることを可能にした。
そのことは大衆の視覚の欲望を刺激し、視覚文化の享受の効力を発揮する。
しかしロシア構成主義のエル・リシツキーによる「ソ連建設」に見られるようなイデオロギーのためのプロパガンダに利用されることも少なくなかった。
1930年代の政治的な事件や世界へ拡大する戦争はライカに代表される小型カメラと高感度フィルムの普及によってありのままの戦争が写真雑誌を通じて報道されるようになると写真は芸術とジャーナリズムを強く結びつけるように働く。それらの映像は世界中の戦争や重大事件の目撃者として人々に忘れがたい記憶を残した。
ファッション専門雑誌における広告・ファッション写真は女性たちの消費の欲望を刺激し、趣味やライフスタイルを選択する物差し、意思や態度を決定する規範となり、個人消費の拡大の一助として報道写真と同様に社会的影響力を持ち、ファッションがより民主化されるに至る。
色調の安定性などカラー写真の問題が解決された1970年代以降、カラー写真による表現を試みる写真家が登場した。
現代ではデジタルカメラやスキャナ、コンピュータの普及によりデジタルイメージが選択肢のひとつとして一般化されるにともない、新たなコミュニケーションスタイルが成立し、ブログなども含め紙媒体ではない写真イメージが無数に飛び交い氾濫している。
映像メディアだけでなくメディア全般のメディア・リテラシーが求められているのである。



参考文献、「世界写真史」、飯沢耕太郎、2004年、美術出版社、「写真と芸術、接触・影響・成果」、オットー・シュテルツァー、1974年、フィルムアート社
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by artkzr | 2010-07-24 19:18 | 考察