中世美術

1)初期キリスト教時代の「ヨナと鯨」はローマのサン・マルチェッリーノ・エ・ピエトロのカタコンベの壁画である。
古代末期は、多くが東方に起源を持つ神秘主義的な宗教がローマ帝国内で乱立した時期である。
最初のキリスト教徒は貧しい労働者階級が多く、質素さを重んじる道徳観を有していたためにこの時代の美術は簡素である。
偶像崇拝禁止の教義のため、キリスト像は象徴によって表されることが多く、3世紀のカタコンベ壁画では、十字架の形を象徴する錨(いかり)やイエス・キリストを意味する魚や文字など、信仰を間接的・暗示的に表明する単純なモチーフが大半を占め、顔料を用いた壁画、エンコースティック、モザイク画が発展した。ヨナの物語は「聖書」の一場面を描いている。
キリストの到来によって魂の復活と救済を確信していた教徒の関心を反映する図像が多い。平面的で描き込みの少ないこの時代の絵は世俗的な富や権力が介在せず、質素で素朴であるがゆえに人々の無垢な信仰を感じた。
2)ビザンティン時代の「シナイ山のキリスト」は、古代末期の3次元的、自然主義的表現を継承しつつ、平面的、抽象的傾向を強め、同時代の西ローマ・西ヨーロッパの美術に比べて独特な東方特有のキリスト教美術であり、多くが現実の再現よりも神秘的な神の超越性の形象を求める理知的な傾向、鮮やかな色彩などを贅沢に使うことを特徴としているが、イコノクラスム期間に大半が破壊された。
392年、テオドシウス帝がキリスト教をローマ帝国の唯一の国家宗教となし、宗教的寛容性が終わりを告げたことによって美術はキリスト教教義のためのプロパガンダとなった。
絵画よりも高価で富と権威の表現に適したモザイク画の放つ光はキリスト教図像の神秘性を強めた。地上の皇帝と同等の権力を有する天上の支配者である勝利のキリストは、ローマ皇帝の衣をまとい威厳ある堂々たる全能者の姿に表された。
左右非対称の顔は眼光鋭く、口は真一文字にとじられ、威厳に満ちた表情だ。
肌や眼などの表情が念入りに描かれ、神秘性の表現におもきがおかれていたことがわかる。

3)西欧中世初期時代のローマは帝国ではなくなったが、いまだキリスト教の精神的な中心地であり、教皇はこの権威の可能性を追求し異教徒が理解出来る言語で教えを伝えて改宗者を教育することにより学問の発達、聖典、聖書の写本制作が促進された。
「ケルズの書」の「聖母子」は
古典古代美術の自然主義的な伝統と接触のなかったアイルランド系修道士であるケルト系キリスト教の高度に抽象的で装飾的な様式と旧来の文化が対峙しながら発展していった。
聖母子や天使の表情に写実的な人物表現はみられず、キリスト教の神秘性を表現する抽象的で精緻なケルト文様で装飾されている。
曲線の美しさが印象的である。人物の顔や髪、衣文の文様化により、どことなく愛らしく、親しみやすい雰囲気を醸している。

4)ロマネスク時代の「栄光のキリスト」はロマネスク美術の最高傑作といわれる、サン・クリメン教会の高さ8メートルの巨大壁画である。
 天上(神の)世界をキリストの像で表しており、キリストの像は左右対称だがポーズを崩していきいきとした動きを持っている。
色数は少ないが鮮やかで、その輝き自体が威厳にあふれたキリストの神の栄光を表現している。
右手の形はキリストが人々を天国に導く最高の存在であることを示している。
全西欧に普遍的な美術が発展し聖遺物崇敬が頂点に達し巡礼熱が遠隔地同士に多様な交流を促した。重要な聖遺物は必然的に巡礼者と収入をもたらすため、教会は所有物に対する信仰を奨励した。各国、各地方でそれぞれの独自性を持った最初の大芸術が生まれた。
教会は精神的権威を強化するために、世の終末に対して民衆が抱いていた恐怖心を効果的に利用するなど、物質的富を誇示し、布教するために芸術を利用した。
この時代は磔形図も長衣をつけ、眼を開き、脚を平置し堂々とした威厳、キリストの勝利を強調している。

5)ゴシック時代のチマブーエ作の「十字架のキリスト」は宮廷様式の時代をむかえ、テンペラ技法による衣文が大きく面的に表現され、明暗を加えることにより立体的な絵画表現がみられる。
ロマネスク美術に比べ、遠近法や優雅な線の使い方などの自然な人体表現などがなされるようになった。
都市発展が進んだ結果世俗権力への富の再分配を促し、金銭と権力は修道院から都市へと移った。この時代の磔刑像は、キリストは腰衣だけをまとい、傷口やそこから流れる血を強調して示し、眼を閉じ、一本の釘で重ねた両足を打ち貫き、荊の冠をして、息の絶えている、贖罪としてのキリストの苦難を強調した姿を表したものが多い。
この絵に見られるキリストは頭を垂れ、血をながし悲しい表情をしている。
ビザンティン美術の様式が色濃く残っているものの人物の自然な表情や衣服の表現にみられる空間表現への意識など、ルネサンス絵画への道を確実に歩み出していることが見て取れる。



参考文献「世界美術史」、メアリー・ホリングスワース、1994年、中央公論社、「西洋美術の主題と物語」、三輪福松、1996年、朝日新聞社、「岩波キリスト教辞典」、大貫隆他、2002年、岩波書店、「岩波世界の美術初期キリスト教美術・ビザンティン美術」、ジョン・ラウデン、2000年、岩波書店
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by artkzr | 2010-07-26 11:55 | 考察