バロック

「バロック」美術は16世紀末から18世紀初頭にかけての西洋美術の様式である。
プロテスタントの登場によって危機に見舞われたカトリック教会の対抗改革(反宗教改革運動)や絶対王政の確立を背景にした美術様式であるといわれている。
教皇庁が一般大衆の教化のための対抗宗教改革を経て権威の回復をおこなった。広く人々の感情に訴えるような奇蹟や殉教の物語が推奨され、強調され、豪華絢爛な聖堂、礼拝堂、祭壇が多く建造された。絶対主義王政下のスペインやフランスでは、美術行政が国家の重要事となる。
バロック美術はスペイン・ポルトガルが植民地化した中南米まで広がった。反宗教改革の軌道にもとづき創始された新たな宗派もバロック美術の発展に重要な役割を果たしている。
当時の芸術は鑑賞者の理性よりも感情に強く訴えかけるように工夫されており、歓喜、苦悩などが表現された。
イリュージョンによってわれわれを現実から遊離させ、聖人が経験するような宗教的幻視の視覚的な劇的さを特徴とし富と権力は虚飾に満ちた華麗さとして表現された。バロック絵画には躍動感があふれ、派手なきらびやかさに満ちており、明暗の対比がはっきりとし、描かれている人物たちの動きは流動的で激しくドラマティックである。
遠近法は強調され、誇張され、幻想に近い壮大なイメージを生み出した。
画題となるのは主にギリシャ神話や聖人、あるいは貴族や王族の生活や肖像であり「プロパガンダ」はバロック美術がもつ本質のひとつである。
注文主は王族・貴族・教会などの大金持ちで、修道会の伝道活動や聖人の栄光を称えようとするものや教皇や君主の治世やバルベリーニ家やメディチ家そのものを賞賛しようとする場合もある。
バロック絵画の全盛期は17世紀で、その中心はスペイン、スペイン領ネーデルラント、オランダなどであった。その先駆者と目されているのは北イタリアのロンバルディアで修行し、ローマとナポリで活躍したカラヴァッジオやギリシャ出身でスペインのトレドで活躍したエル・グレコが高く評価されており、他の代表的な画家としてはスペインのベラスケスやフランシスコ・デ・スルバラン、バルトロメ・エステバン・ムリーリョ、スペイン領ネーデルラントのルーベンス、オランダのレンブラント、フランスのニコラ・プッサンなどが挙げられる。
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ(1571年9月29日 - 1610年7月18日)は、イタリア・ミラノ生まれの画家でカラヴァッジオ(Caravaggio)という通称で広く知られているがローマ時代のカラヴァッジオは数多くの逸話を残している。
例えば「聖母の死」では、注文主の教会が「聖母マリアのお眠り」というテーマで描くよう依頼したにもかかわらず、カラヴァッジオは横たわっている女の遺体を描き、受け取りを拒否されるような従来の儀典的・超越的な聖母の死=魂の昇天のイメージを根底から否定する描写をしばしばしている。
その表現はルポルタージュ風の即物性と容赦なきリアリズムであり、教会に拒否されたのちに私的なパトロンによって高額で買い取られていることから他方では教会とは異なる高度に芸術的な価値基準が成熟していたことがわかる。
そもそもキリスト教の主題には、死や殉教、暴力、流血といった残酷なドラマが数多いがこのような人間のもつ暴力的エネルギーと恐怖を主題に描いた画家はカラヴァッジオが最初である。
「革命的」な性格を持つ「闇の様式」は17世紀のイタリアのみならず、ヨーロッパ各地の画家に強烈なインパクトを与え、数多くの「カラヴァッジェスキ(カラヴァッジオ様式の模倣者)」を生み出した。
宗教主題の反伝統的で挑戦的な民衆的=清貧主義的解釈、人物表現におけるラディカルなリアリズム、光と闇の表現的価値に精通した明暗対比の劇的な強調と新しい風俗主題のレパートリーの開拓、暴力的テーマの導入である。
この様式は、スペインのリベラやフランスのジョルジュ・ド・ラ・トゥール、オランダのユトレヒト派の画家たち、レンブラントへと引き継がれた。
「ユディット」の主題は中世以来、さまざまな芸術家によって描かれているが、カラヴァッジオの影響をうけた女流画家アルテミジアも描いている。
ホロフェルネス殺害の場面を表現するのはバロック期の新しい展開だが、カラヴァッジオの同主題の絵のユディットが身体を後方に引き気味にし、不愉快な表情で眉をひそめているのに対し、アルテミジアの描くそれは、逞しい力技を発揮し時に残酷な女性の本質を女性ならではの視点で描かれているように見え、比較すると、「暗」の局面を持つ一方で優しさや愛を持ち合わせていたようにも感じる。カラヴァッジオは徹底したモデル主義を貫いた自然主義者であり、いかなる作品を描く場合でもローマの裏街にたむろする老若男女、悪童や賭博仲間、人夫や娼婦、愛人などをアトリエに呼び絵を描いた。身分や地位などをとりはらった人間の存在そのものへの洞察による生々しいまでの表現は、官能性をも感じる。

参考文献「キリスト教辞典」、大貫隆、2002年、岩波書店、「世界美術史」、メアリー・ホリングスワース、1994年、中央公論社、「名画への旅11バロックの闇と光」、岡田裕成他、1993年、講談社
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by artkzr | 2010-08-02 09:56 | 考察