動物園で学ぶことの意義を考える

学校の教科学習や総合的な学習の時間を除いて、一般来園者は、教育を受けに動物園や水族館に来るわけではなく楽しみを求めて来園する中で、いかに知的な楽しみを得るのであろうか。
例えば、フクロウの檻の中に、大きな肉のかたまりが餌として置かれていた。
フクロウの食性は動物食で、主に小型哺乳類を食べるが、小型の鳥類、昆虫なども食べる。お客さんは肉の塊を目の当たりにして、「こわい、残酷」という感想を一様に持ったようだった。
ライオンの檻の前では、今度は食後の血の付いた大きな骨が転がっていた。知識として「肉食」である事実を持つ事と、実際に目の前で生活を営んでいるのをみるのでは、印象が異なる。
事実を自分の目でみることによって、「生きるということは、ほかの生物の命をもらっている」という真実を、動物を通して学ぶ事ができる。
もちろん、自然の状態で野生動物が暮らしていけるのが一番良い状態だ。しかし昨今の人間による急速な自然破壊により絶滅しつつある動物達がどのような条件下で生活が安定するのか、繁殖ができるのかといった問題を考えるにあたって動物園の果たす役割は非常に大きいといえる。
園内の檻毎に設置されている解説パネルは、クイズやまめ知識などの読んで得られる知識と、触ることや動かすというアクションをともなって得られる知識、実寸代の人形などが点在しており、対象は自然の事象のみならず、歴史や文化領域をも含み、その手法も単に教育的ではなく、遊びやレクリエーションの手法も取り入れられている幅広いものだ。お客さんたちは、レッサーパンダの前で異様な盛り上がりをみせていた。
レッサーパンダはかわいらしく、ペットとして飼ってみたいとおもわせる愛らしい顔をしている。こういった個別性・愛着性を通して、その生き物の「死」を深く考えることができる特徴をもっている。動物園とは子どものための娯楽にとどまらず、生物の形と機能、種の法則性を感じ取り、「生と死の対比」という体験の延長線上に人間と動物の共存についての思慮を深める意義がある。
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by artkzr | 2010-09-14 19:32 | 考察