カテゴリ:考察( 23 )

文化政策の今後について

 現在地方自治体は、支出の削減と民間活用を軸に、文化行政のあり方を変えつつある。

その流れの中で、地方自治体の文化行政が今後担うべきことは何か①同時代美術館と②近代美術館の2つのケースについて考察し、それらの変化に対し、従来の受益者としての③地域社会はどのように対応できるかをのべる。

 全国各地の公立美術館の整備が落ち着いた現在、館の運営や活動のあり方が問われている。
厳しい財政事情の下で、指定管理者制度や評価制度の導入を迫られることも多く、専門性を有する人材の確保・活用や、限られた財源の有効活用、企画能力と実行力を高めることなどが求められている。

公立美術館を地域再生の拠点にしようと考える設置者が増えてきたことにより、従来の美術館における、「作品を展示したら、お客さんが来るのを待つ」だけでなく、1つの事業として戦略的に異業種・市民との連携をとることによって受益者の間口を広げ、社会の活性化につなげることが必要である。

① 存命の作家の作品を展示の対象とする場合、存命であるということは、アーティストとのコミュニケーションが期待できる。

例として、90年代後半から全国各地で実施されるようになったアウトリーチの広がりは、アーティストが学校や福祉施設でワークショップなどを行うことで、子どもたちの想像力や創造性、コミュニケーション能力や身体能力の育成などに芸術が大きな力を発揮しうること、高齢者や障がい者の元気回復や生きる力の増進にも芸術が有用であること、アウトリーチが定着することで公立文化施設と地域や市民との関係、文化施設や芸術文化の受益者が広がる。

それは、鑑賞事業と異なる対象を、文化施設や芸術団体の側から戦略的に選ぶことが可能であり、元々芸術に関心のある市民だけではなく、幅広い層の市民や地域に芸術を提供することで、公立文化施設の受益者の間口を大幅に拡大できる効果を有しているということである。

教育現場において、派遣されたアーティストはアートの特性やアーティストの能力を活用し子どもたちの想像力や創造力を引き出すことができる。
このような活動は、諸外国ではしばしば、Arts In Education(AIE)と呼ばれ、現在の日本の教育(知識の獲得を第一義に置く集団的一斉授業方式)では個々の差異をカバーしきれない部分を、博物館という主体的な学びの場としての特性をいかし、幼児・青少年のための教育だけではなく、社会的弱者や社会の表層からドロップ・アウトした成人などその領域は幅広い年齢層へと同時に従来の芸術文化だけではなく教育や福祉まちづくりなど地域コミュニティ全体の活性化にまで拡大できる可能性がある(註:創造都市交流2006事業報告書)

②近代以前の美術館、および物故作家の活動や古美術を紹介する際、機関連携による作品の流動性の促進と教育普及の相互活用が有効である。

なぜなら、それぞれの美術館は立派な作品をもっているが、作品はその館内だけで全てを展示しきれるわけではなく、収蔵庫内で眠り続けるものも多い。

コレクションの交換展や他館との共同企画などは、「資産の流動化」の意味と、博物館の収蔵品の公開の意義を満たすものとして、また、学芸員にとっても新たな学びの機会としても、機関連携をすることは、効果があるといえる。


③そもそも、公立美術館のある地域内には、音楽ホール、図書館、学校、劇場、老人福祉施設、保育園や幼稚園、児童館、病院、観光案内所等、公的なサービスを行なう施設が点在している。

上記にのべるような施設や行政との連携は、芸術文化やアーティストにとって、社会的な価値や位置づけを公共的なものへと変容させる効果があると同時に、地域にとっては教育の活性化、福祉の向上、地域および観光の振興、防災意識の向上等につながるとはいえ、美術館だけでは達成できる事業ではない。

地域社会の他の行政施策である教育、福祉、健康、医療、防災等を、商店街、NPO団体、地域資源美術館のワークショップメンバー、市民ボランティア、アーティスト等の媒介によって市民とつながることは、産業振興、経済政策、まちづくり、地域再生、観光、非営利・公益活動、営利事業への発展や民間企業のビジネスチャンス等、社会とアートを結びつけることによって都市問題の解決や地域社会の活性化をはかることができる。

 美術館は、人々の共有財産である作品を後世に伝えることと同じく、今を生きる人々に対し、その作品の存在が意味を増すための働きかけをするために有効な提携を行いモノの意味を増す出来事を、美術館がコーディネートするという構図が望ましい。

地方自治体の文化行政が今後担うべきことは、教育や福祉の充実、産業の活性化、地域の再生など、文化以外の政策分野において、芸術文化を活用しながらこれまでにない成果を得ることである。


参考文献:創造都市交流2006事業報告書、「これからの公立美術館のあり方についての調査・研究報告書」、2009年、財団法人地域創造、「日経五つ星の美術館」、日本経済新聞出版社、2007年、「いま、地域メセナがおもしろい」、社団法人企業メセナ協議会、2005年、
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by artkzr | 2013-05-12 19:53 | 考察

大衆化についてあれこれ。

 中世西洋世界におけるキリスト教の成立・発展と権力者を中心とした王侯貴族を担い手とした「芸術の使命が、芸術家および彼ないし彼女が代表する支配的な文化と同じ価値体系の中で教育された鑑賞者を、教え導き、感動させ、喜ばせる(註「美術史の歴史」ヴァーノン・ハイド・マイナー2003年)」考えが支配的であった時代から近代にかけてのアートの概念は日本においても、とかく西洋主導の潮流だった。

近代から現代にかけての美術は技術上・表現上において多様化し、新しい表現がうまれた。
神話・歴史・寓意といった伝統的主題によるアカデミズム芸術は、自然科学の発達や資本主義によるブルジョワジーの台頭による社会変化にともない従来の需要とは異なった市場が形成されるにつれ唯一の価値基準である必要がなくなったことに起因する。
社会的文脈と芸術的表現は分かちがたく結びついており、社会におけるイメージも芸術に対する理解が社会的・知的に変化するにつれ変容していくのである。
 
 戦後日本の工業化・高度経済成長にともなう大量消費社会は、写真・映像・新聞などのメディアの発するイメージと、美しくデザインされた物であふれると同時に、アートの潮流も、フェミニズム・ホモセクシュアル・マイノリティーなどの他者の多様な価値観を受容しようとする視点や、政治や社会の問題に取り組む視点など、アカデミーにおいて正統とされていた絵画・彫刻以外の表現方法を得て様々な方向へ広がり始めた。

1990年代以降の日本における芸術の「大衆化」について考えるとき明治時代における西洋美術の輸入から敗戦を乗り越え日本の芸術とは何か・表現はどうあるべきかを自問自答し実践してきたアーティスト達の姿勢も少なからず影響しているのではないかと推測する。

ビデオコンピュータ・インターネットを媒質に、新聞・テレビ・広告などマス・メディアを媒体に利用した作品や、ファッション・工業などの文化との融合が増えグローバル化することは、国境やジャンルの垣根を希薄にし、自分のバックボーンである母国のアイデンティティをグローカルに考える条件が整ったのではないかと推測する。
 
 その中で「日本らしさ」、西洋美術の様式が流入する以前の日本の様式はなにかと問うたとき、浮世絵などに代表される明治以前の造形や様々な日本の文化から刷新をはじめることにしたのではないだろうか村上隆に代表される漫画やオタクといったサブカルチャーをモチーフにした作品は、浮世絵や日本画の平面性を受け継ぐ「日本的」な現代表現の試みのひとつといえる。

それだけではない。
村上隆の、高級ブランド「ルイヴィトン」とのコラボレーション商品や、草間彌生の、化粧品ブランド「ランコム」とのコラボレーション商品・KDDIの携帯電話等の移動体通信事業を含む総合ITサービスブランド「au」の新ブランドiidaとのコラボレーションは、芸術作品が多くの表現方法を越境的に用いるのと同じく、デザインとの境が曖昧になり、そういった形式が、アートを美術館の中から私たちの手の中におさめることも、プリントされたTシャツに身をまとうことも可能にした。

かつて芸術の理解と享受は、権力者・知識人など全人口に対し少数派である階級に限られていたが、現在の日本は高等教育の普及率が高くなったことも無縁ではないだろう。
つまり過去の歴史にみる芸術の希少性の条件の境も曖昧になっているといえる。
 
 大衆化とは、一般民衆の間に広く行われること(註:新明解国語辞典第六版)をさす。
現代にみる複製技術の進化は、大衆にとって芸術家の作品が雑誌・画集の媒質を通して身近になった。
同時にデジタル機器の低価格化は、気軽に高画質の写真、もしくは写真加工ソフト、個人が使用出来る加工業者に発注することで、大衆自身がアート(意識しているかは別として)を作り出すことが可能になった。
インターネットの普及により、ネットワーク上で自らが撮影した写真や制作した絵画などを気軽に発表できるブログやホームページといったツールも多く存在し、また3次元でも家庭用出力機で写真のプリントアウトといったものの質も向上している。
 
 現代の大衆は、芸術を消費すると同時に、アマチュアとしての芸術制作者でもある。
こうしたアマチュアは、組織化され、より大規模な芸術制作に参加する。
デザインフェスタやゲイサイなどのアートイベントの存在は誰にでも身近なアーティストへの間口が用意されている。
ネットワーク上のflicker・instagramといった無料のソーシャル・ネットワーキング・サービスのようなコミュニティでは画像共有アプリケーションソフトウェアを使用したデジタル写真を投稿し、腕を磨いている。

種々の条件がかさなりあい、「芸術の大衆化」は「大衆の芸術化」をうみだしたといえる。

 
 芸術は社会的コンテクストにより変化していくが、この先も芸術家たちは、美術の概念を問い直すために絶えず既存の価値観やルールを疑い、壊し、新たな切り口と手段で歴史を生み出していくであろう。

参考文献:「世界を読み解くリテラシー」、井上健、2010年、有限会社萌書房、「20世紀の美術」、末永照和、2000年、株式会社美術出版社、「美術史の歴史」、ヴァーノン・ハイド・マイナー、2003年、株式会社ブリュッケ、「日本・現代・美術」、椹木野衣、1998年、株式会社新潮社、
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by artkzr | 2012-07-05 14:32 | 考察

美術の著作物の展示にともなう複製について

美術の著作物の展示にともなう複製(展示に添えるパンフレットなど)について「フジタ展カタログ事件(東京地裁1989年10月6日判決昭和62年(ワ)第1744号著作権侵害差止等請求事件)」の判例を考え自分の見解を述べます。

本件は被告Yが、レオナール・フジタ画伯の未亡人であり同画伯の著作物の著作権を相続している原告Xの権利を侵害するものであるとし、本件書籍差し止め等を請求した事件です。
本件著作物の著作権者であり原作品の所有者Xから、本件著作物をその原作品により公に展示すること(25条)について同意を得て展覧会を開催(45条)しているYの、許容されている著作権法第47条のとらえかたが「著作権者の利益を不当に害することとなるから許されない」(註:井上由里子「展覧会のカタログへの作品掲載—レオナール・フジタ展事件」別冊ジュリスト著作権判例百選NO.157(2001))とされたものです。

著作権法47条の権利とは「これらの原作品の展示の許諾を得た者が、観覧者のための解説・紹介を目的とする小冊子に無償で複製することができ」(註:志田陽子『新版表現活動と法』武蔵野美術大学出版局(2009))、「上記小冊子を譲渡することもできる」(註:岡村久道『著作権法』株式会社商事法務(2010))としたものです。

複製とは「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること(著作2条1項15号)」(註:高林龍『標準著作権法』株式会社有斐閣(2010))であり、再製の定義は「既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるもの」(註:同上)、すなわち「依拠性」と「同一性」を満たすものをさします。
47条は、45条とともに著作権者の利益と展示を行う者の利益の調整と、原作品の円滑な流通を図ろうとするためのものですが、Yの複製の態様が無償で複製できる範囲を超えていたことに問題がありました。

無償で複製することが可能な「小冊子」の概念は、社会環境の変化、観覧者の要求等によって変わるものですが「解説・紹介を目的」とし、著作物の資料としての要素が多く市場で取引される価値に満たない規格のものとされます。
本件書籍の構成において掲載されているものは本展覧会で展示されている作品および解説・紹介が主体であるものの、観覧者が鑑賞性のある「小冊子」を持ち帰り「画集」のように鑑賞することができる、すなわち規格の面で観賞用の書籍と異なるところがないものであり、47条の解釈とする「画集の出版は、美術の著作物の複製権に基づき著作権者が利益を得る重要な機会」(註:井上由里子、同上)への影響が著作権者に及ぶ可能性があるとされました。

絵画や彫刻などの美術の著作物は原作品の鑑賞に価値があるとする特質のために著作権者には25条が与えられています。
その展示の同意を得た者が、展覧会の開催にあたり観覧者の鑑賞のために展示作品の解説をするためのカタログを発行することは通例であり、展覧会を成功させるための一助になります。
両者の利益を成立させるための「小冊子」ですから、著作権者の権利を侵害しない程度にすべきであり、無償で複製するための必要最低限の手段は、複製の質が低くても展示作品と解説の関係を視覚的に明らかにすることであり、目的は達成されるといいえます。

Yは47条に基づき「書籍の構成において著作物の解説が主体となっているか、又は著作物に関する資料的要素が多」(註:井上由里子同上)く、規格においても「画集」に満たない「小冊子」を、無償で作成するか、最初に「展示に関する許諾とは別に複製に関する許諾をとり、著作権料に関する取り決めをかわ」(註:志田陽子、同上)したうえ、本書籍の態様で作成するのであれば事件を回避することが出来たのではないかと思われます。
後者の場合、「その複製又は利用の態様に応じ合理的と認められる方法と程度」(註:岡村久道、同上)の出所明示義務(48条)が課せられ、その趣旨は「制限規定による利用が適法か、著作権者によるチェックを容易化する」(註:同上)制度であり、著作者人格権保護への配慮になります。



参考文献:「新版表現活動と法」、志田陽子、2009年、株式会社武蔵野美術大学出版局、「標準著作権法」、高林龍、2010年、株式会社有斐閣、「著作権法」、岡村久道、2010年、株式会社商事法務、「別冊ジュリスト157号著作権判例百選」、津田憲司、2001年、株式会社有斐閣、
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by artkzr | 2012-02-02 10:05 | 考察

イズムーシュルレアリスムを中心にー

20世紀の美術は、様々な「イズム」に彩られ、その動きは多様であった。
その中で、1925年から1940年までの芸術運動である「シュルレアリスム」は、元来文学運動として興り、美術に伝播するにとどまらず、政治や思想・社会的にも波及する。
同時代、大戦後の安定志向に呼応し「秩序への回帰」をキーワードとする、モホリ・ナギ、シュレンマー、アルバース、イッテン、レジェのヨーロッパ構成主義、工業時代を背景に脱キュビズムを掲げ、究極の純化を抽象化・単純化に見出したオザンファン、ル・コルビュジェのピュリスム、装飾を排除し簡素で幾何学的なデザインを建築中心に学ぶ美術学校バウハウスおよび運動はクレー、カンディンスキー、イッテン、ファイニンガー、ブロイヤーによる。
カンディンスキー、モンドリアンの抽象様式の反動とともに具象への回帰運動の新即物主義はディクス、ベックマン、グロス、ショルツ、シュリヒターにより敗戦国ドイツで生まれるが、混乱と荒廃を直視した労働者・娼婦・傷痍従軍・堕落したブルジョワ・資本家・官僚などの実態をシニカルに描く社会批判的な側面を持つ。
形而上絵画はイタリアのみの運動であり、デ・キリコとかつての未来主義者カルロ・カッラが自分達の絵をさす言葉として使い始める。
デペイズマンと呼ばれる技法の、見る者に不安・苛立ち・謎めいた感覚をかき立て、非日常な世界へと誘う。
それはシュルレアリスムの先駆となる。
同頃、チューリヒでダダイズムが生まれる。
芸術自体を全否定する反芸術運動であり、それは美的伝統・価値観を覆す作品を発表し芸術そのものを考え直す狙いがあった。
デュシャンを筆頭にアルプ、ピカビア、ツァラ、ハウスマンは虚無的・アナーキズム的・破壊主義的な性格を持ち、偽善的・独善的と彼らが見たヨーロッパ文明とブルジョワ社会に対する反感嫌悪感という否定的な感情に端を発する。
デュシャンのレディーメイドなどの作品はシュルレアリスムのみならず戦後ポップアート、ネオ・ダダ、コンセプチュアル・アートなどに多大な影響をあたえた。
チューリヒからドイツ・パリとそれぞれの運動が展開するが1922年に解体する。パリ・ダダの中心にいた詩人アンドレ・ブルトンはダダの精神を受け継ぎ「シュルレアリスム」として、より理論的に人間の内面を探求し社会の変革をめざす運動に発展させる。
「理性のいかなる支配からも、また道徳的・美的ないかなる考慮からも自由な精神状態がシュルレアリスム的な創造の原点である。」と、1924年の「シュルレアリスム宣言」で発表し、その働きを「オートマティスム(自動記述)」と呼ぶ。
夢を無意識と現実の世界をつなぐ鍵と見なすフロイトの精神分析学による。
運動の認知度を高めたのは画家であり多くはパリに集まったが、ダリ、ミロ、一時期のピカソ(スペイン)、エルンスト(ドイツ)、マグリット、デルヴォー(ベルギー)、マンレイ(アメリカ)、ジャコメッティ(スイス)など、フランス人以外の外国人が多いことからシュルレアリスムが国際的な運動であったことがうかがえる。
形而上絵画のデ・キリコに触発された画家は多いがアプローチは様々でマグリットはイメージを均質に配置する魔術的リアリズムに到達する。
また、デルヴォーは西欧絵画の伝統、人生の無常を想起させる死と虚栄のモチーフを描く。
静寂感と孤独な感性が漂うのはイヴ・タンギーであり、彼にも影響されるダリは「パラノイア的批判的方法」による絵画を確立する。
ダリとは別の意味で性的攻撃性を持つのがハンス・ベルメールである。
また、ダリと同じカタルーニャ出身のミロはシュルレアリスム的なオートマティスムにとらわれない自由奔放な表現を持つ。
他にも15世紀のボス、16世紀のアルチンボルド、近くは素朴派のアンリ・ルソーなど過去の画家たちからも影響を受けている。
アンドレ・マッソンは第二次世界大戦後の抽象絵画によるアメリカ抽象主義への影響が大きい。
ロベルト・マッタ・エチャウレンは、パリでル・コルビュジェに建築を学んだ後グループに加わるがアメリカに渡り、ヨーロッパとアメリカのシュルレアリスムの架け橋となる。
マックス・エルンストはデペイズマンやフロッタージュ・デカルコマニーなどの技法を駆使し、彼に影響された女性の活躍がめざましい。
シュルレアリスムは次第に政治色を強め、第二次世界大戦をもって一応の終息をみた。

イズムは時代に単独で存在するのではなく、美術の歴史の中で社会背景が密接に関わり塗り替えられて来た。
それまでのほとんどが神話・宗教・歴史・伝説などの内省的・文学的な主題だったのに対し、20世紀の機械や技術の発展にともなう機能性・生産性を重視する物質的な文明生活が浸透したことや、第一次世界大戦の創造なき破壊と殺戮の連続が現代美術にとってひとつの転機となった。
心や性・夢の深層を探ることや空間と時間の観念をあらためて考えることを通し、芸術とは何かを問い、絵画・彫刻という伝統的な芸術の媒質の価値観やタブーを破り、表現の刷新が行われ、他領域にも多大な影響を与えた。
第二次世界大戦後、美術はヨーロッパからアメリカに舞台を移しシュルレアリスムは抽象象徴主義の原点となり大きく貢献する。
現代芸術におけるイズムとは社会的な価値を変えようとあるいは、超えようとする行為である。


参考文献:「ダダとシュルレアリスム」、マシュー・ゲール、2000年、岩波書店、「すぐわかる20世紀の美術」、千足伸行、2008年、東京美術、「20世紀の美術」、末永照和・他、2000年、美術出版社、「芸術論の歴史」、ウード・クルターマン、1993年、勁草書房、
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by artkzr | 2011-09-01 14:59 | 考察

画集と小冊子の境界線

フジタ展カタログ事件にみる画集と小冊子の境界線



美術の著作物の展示にともなう複製(展示に添えるパンフレットなど)について「フジタ展カタログ事件(東京地裁1989年10月6日判決昭和62年(ワ)第1744号著作権侵害差止等請求事件)」の判例を考えます。
原告Xはレオナール・フジタ(藤田嗣治)の未亡人であり、著作物の著作権を相続により承継取得しました。
被告Yは、昭和61年から62年までレオナール・フジタ展(以下本件展覧会)を開催し、日本各地で作品を展示しました。
その際、被告Yは本件展覧会に展示中の本件著作物を複製して掲載した書籍を作成し領布しました。
原告Xは、著作権法第25条(展示権)の「著作者は、その美術の著作物又はまだ発行されていない写真の著作物をこれらの原作品により公に展示する権利を専有する権利」を持っているので、本件著作物を本件書籍に複製し領布する行為をXの著作権を侵害するものであるとして、本件書籍の印刷、製本、及び領布の差止め、本件原版及び本件書籍の廃棄、2800万円の損害賠償を請求して本件訴訟を提起しました。
被告Yは本件著作物の原作品の所有者から、本件著作物をその原作品により公に展示することについて同意を得て展覧会を開催しているので、自分には本件書籍を著作権法第47条の「美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、第25条に規定する権利を害することなく、これらの著作物を公に展示する者は、観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができる」権利があるとして、本件展覧会の本件著作物は観覧者のための解説又は紹介することを目的とした小冊子であるので、著作権侵害にはあたらないとしました。
問題になった小冊子の総ページ数は144ページで本件展覧会の展示作品のみを掲載しています。
本件著作物の形態は、図版部が98ページを占め、その中に130点の作品が複製掲載されていますが、大きさが規格に納まる程度に縮小されたもので大部分が1ページの半分以上の大きさでした。
原寸に近いものが8点、解説の付された作品は7点でした。
紙質はアート紙、装丁はフランス装、裏表紙は厚手の上質アート紙を用いた金色の装丁でした。

第47の示す小冊子の趣旨とは、小冊子の複製の態様が市場において観賞用として取引される画集とは異なることです。
著作権者の許諾がなくとも著作物の利用を認められる内容とは、著作物の本質的な利用にあたらない範囲で、観覧者のために著作物の解説又は紹介、をすることを目的とする小型のカタログ、目録又は図録を意味します。
もし、今回のような市販されている画集と同じ価値を持つような内容を「小冊子」として会場で販売すると、観覧者はそれを持ち帰り画集として鑑賞することができます。
画集出版は著作権者にとって利益を得る重要な機会で、影響を与えます。
ただ、21条の複製権は複製の質は問われていないので、Yは画集のような豪華な「小冊子」を作成しました。それに対しXは、規格、紙質、複製形態等からみて市販の画集に匹敵する質を備えていると、捉えました。
47条の指し示すような手段を考えるとき、「観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子」なわけですから、展示された原作品と解説、または紹介との対応関係を視覚的に明らかにする程度、すなわちそれ自体鑑賞性のある写真やカタログの質を画集と同等にする必要はないのです。
「小冊子」といいうるための書籍の構成とは、著作物の解説が主体となっているか、または著作物に関する資料的要素が多いのかということ、小冊子の紙質、規格、作品の複製形態が観賞用の書籍と同等の価値を備えていないことなので、本件の被告Yの作成した「小冊子」の態様が第47条の適用を受けられるか否かという点が結論を分ける分岐点となりました。
本件書籍は、たとえ観覧者のためであっても実質的にみて、観賞用として市場で取引されている豪華本や画集と比べ内容的に遜色なく市場価値を有するものであるとしてこれに含まれないものと解するのが適当としたうえで複製は認められず、複製権侵害になるとしてYの抗弁を斥けました。
昨今はデジタル技術の発展などで展覧会カタログを高品質化することが容易になりました。
また、社会環境の変化や観覧者の要求も多いため、さまざまな複製製品が展覧会場で販売されています。
著作権者は、画集だけでなく絵はがきやポスターなどの複製品からも経済的な利益をえています。
例え展示会場のみで販売されているカタログだったとしても「小冊子」とは言いがたい規格だったため、その規格での製作は、著作権者からの複製権の許諾を得る必要がありました。


参考文献:「マルチメディアと著作権」、中山信弘、1996年、岩波書店、
(社)著作権情報センター、http://www.cric.or.jp/index.html、
著作権判例データベース、http://tyosaku.hanrei.jp/hanrei/cr/5582.html、「編集者の著作権基礎知識(第5版)」、豊田きいち、1993年、日本エディタースクール出版、「別冊ジュリスト157号著作権判例百選第3版」、津田憲司編集、2001年、有斐閣、「現場で使える美術館著作権ガイド」、甲野正道、山梨俊夫、2011年、株式会社星雲社、
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by artkzr | 2011-09-01 14:04 | 考察

生涯学習と学校

生涯教育という言葉が使用されだしたのは、1965年、P.ラングランの起草した議案書に端を発しているといわれ、国民一人ひとりが学校教育の基盤の上に各人の自発的意思に基づき、必要に応じて自己に適した手段・方法を自らの責任において自由に選択し、生涯を通じて行われるべきであるとした考え方であり、それらの学習活動は、総体として学習者の「生きがい」追求につながるものでなくてはならないとしている。
社会の変化と文化の陳腐化がはやい現代社会において、新しく学習すべき内容が次々に出現し、適応性・柔軟性・問題解決的態度などが社会や個人にとって生涯学習を不可避のものとしている社会的背景がある。
生涯学習は、学校教育に関する学習活動はもちろん、趣味・娯楽・文化・スポーツ・レクリエーションなどの諸活動に関する知識技能、家庭生活や職業生活のサイクルに対応する課題、さらに市民としての責任性や社会変化にたいする課題等に関する多様な学習活動にかかわっていることから、このような幅広い学習需要に組織的に対応するためには、生涯学習にたいする「総合的」な援助を「体系的」に提供可能な学習システムとして構築することが必要である。
すなわち「生涯学習体系」は、学校教育や社会教育などの多様な教育・学習機能を分担する諸機関の連携・協力による有効適切な利用なしには実現されえないといえる。
なぜなら、人間の生涯にわたる学習は学校教育のみで完結するものではなく、生涯にわたる学習の観点からその実現がはかられなければならず、学校教育と社会教育の接点になりうるものであり、教育学習活動に関し専門的機能をそなえた学校が地域の人びとの学習欲求に応えることは、人びとの教育活動や芸術・文化活動に貢献することから、生涯学習体系の構築において、学校教育はその重要なサブシステムを構築することになるといえよう。
例えば、平成19年度から都立高校に導入された教科「奉仕」は地域や高校の特性を生かした様々な体験活動を実施している。
奉仕に関する基礎的・基本的な知識を習得させ、活動の理念と意義を理解させるとともに、社会のニーズに応じて活動し、社会の一員であること、及び社会に役立つ喜びを体験的に学ぶことを通して、将来、社会に貢献できる資質を育成することを目標としてかかげている。
奉仕体験活動の範囲は、青少年活動や教育・文化、芸術の伝承、発信・環境保護・福祉の増進・ 高齢者福祉・障害者福祉・児童福祉・国際交流、協力・まちづくり・地域安全・防災、災害救援の活動など多岐にわたっており、「奉仕」の必修化は、公共について考えることを具体的に体得できる機会となる試みである。
この教科の導入によりこれから社会にでていく学生の人間性がはぐくまれ、自立へと向かうことが望ましい。
また、奉仕体験活動の推進には家庭、地域との連携が不可欠であることから、学校教育を通して生徒だけでなく保護者、そして都民の意識に働きかける教科となることを望む。
生涯学習のなかでの学校という明確な位置づけがないかぎり、学校開放は「施設不足」解消のたんなる手段にしかならない。学習者の立場にたち「いつでも、どこでも、誰でも、何でも」学習できる生涯学習をささえる機会や場が、整備・拡充し機会を保障されることが望ましく、学校が地域の人びとの生涯学習・情報活動の拠点として機能することにより、地域における自治意識や連帯意識の形成を学校がになうという役割をもっていることになるといえよう。
生涯学習行政には、学校教育行政、社会教育行政、文化行政、労働、福祉、保健、農林水産、家庭教育、青少年教育、成人教育、婦人教育、高齢者教育等の教育行政以外の分野も範囲に含める必要があるが、さまざまな機関が実施する学習プログラムの対象や内容には類似したものが多く、そのことは学習者にとって選択の迷いを生じさせることとなる。
生涯学習は学習者にとって自由な自己学習をベースにしているため、家庭や学校、地域社会がそれぞれの固有の責任である役割や機能を果たしながらも、重複やむだをはぶいて計画的に連携・協力して相互補完し、教育・学習効果を高めることをねらった社会に存在する教育・学習機能の「水平的統合」がのぞましく、高度化・複雑化した社会の中で、人びとの多様な学習要求を援助、支援するためには、各省庁・部局の実施する生涯学習事業を「体系的」に提供できる教育・学習システムを構築することが必要である。
また同時に、学習機会を得にくい人びと・民間の学習活動等で期待しにくい学習領域や学習機会を提供することも大切である。
他方、体制の整備・拡充の推進は、生涯学習に関する地域格差を生じる・階層間の格差を拡大するおそれがあることも、機会の均等を保障するようなシステムや方法、内容上の問題が行政とのかかわりで追求されなければならない。
様々な試みが日本全国の教育現場で実施され、広がっていくことがのぞましい。

参考文献、「新解説子どもの権利条約」、永井憲一ほか編、2000年、日本評論社、「子どもの権利条約」、採択20周年記念
ユニセフ、「世界子供白書 特別版」、「みんなの生涯学習」、東京都教育庁地域教育支援部生涯学習課、NO99、100、「奉仕カリキュラム開発委員会報告書」、2006年、東京都教える育庁、「地域教育推進ネットワーク東京都協議会平成22年度事業計画」
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by artkzr | 2010-10-04 17:34 | 考察

生涯学習を行ううえで博物館がはたす役割とはなにか

博物館が行う教育は展示以外に講演・講座をはじめとする多様な形態の学習支援活動がある。
調査研究活動を通した講演・講座や、実物の観察、見学や実験、工作、制作など、実物を通した学習支援が特色であり、幼児から高齢者まで、誰もが気軽に自発的に学習し、知を愉しむことができる場である。
社会教育機関であるとともに、学校教育を補完することや、家庭外家庭教育の現場ともなっている。わたしは、ミュージアムと生涯学習の勉強に出会うまで、生涯学習とは、定年退職後の高齢者達がする勉強であるという先入観を持っていた。
「五感に情報を受けることから学びが起こる」ことを知ってから、人間は生まれてから死ぬまで学び続けることができるということを知った。
本やテレビ、インターネットを通してどんな情報でも知ることができるわけであるが、目の前にしてみることとはまったく違うことである。
博物館で展示物をよく見ることは、絵でいえば細かいグラデーションやマチエルが見えてくるし、展示物の配置やそれらを収容している美術館自体の建築、自分以外の客などの空間としての全体を体感することができる。
それは意図的な学習だけでなく、偶発的、副産物的な学習にもつながる。
このように実物やレプリカなどのモノに触れたり体験することは、知識だけでなく五感に働きかけ、感性を伴う知の創造に貢献する。そのことは幼児や青少年だけでなく、大人にとっても有意義な体験である。
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by artkzr | 2010-09-14 19:35 | 考察

動物園で学ぶことの意義を考える

学校の教科学習や総合的な学習の時間を除いて、一般来園者は、教育を受けに動物園や水族館に来るわけではなく楽しみを求めて来園する中で、いかに知的な楽しみを得るのであろうか。
例えば、フクロウの檻の中に、大きな肉のかたまりが餌として置かれていた。
フクロウの食性は動物食で、主に小型哺乳類を食べるが、小型の鳥類、昆虫なども食べる。お客さんは肉の塊を目の当たりにして、「こわい、残酷」という感想を一様に持ったようだった。
ライオンの檻の前では、今度は食後の血の付いた大きな骨が転がっていた。知識として「肉食」である事実を持つ事と、実際に目の前で生活を営んでいるのをみるのでは、印象が異なる。
事実を自分の目でみることによって、「生きるということは、ほかの生物の命をもらっている」という真実を、動物を通して学ぶ事ができる。
もちろん、自然の状態で野生動物が暮らしていけるのが一番良い状態だ。しかし昨今の人間による急速な自然破壊により絶滅しつつある動物達がどのような条件下で生活が安定するのか、繁殖ができるのかといった問題を考えるにあたって動物園の果たす役割は非常に大きいといえる。
園内の檻毎に設置されている解説パネルは、クイズやまめ知識などの読んで得られる知識と、触ることや動かすというアクションをともなって得られる知識、実寸代の人形などが点在しており、対象は自然の事象のみならず、歴史や文化領域をも含み、その手法も単に教育的ではなく、遊びやレクリエーションの手法も取り入れられている幅広いものだ。お客さんたちは、レッサーパンダの前で異様な盛り上がりをみせていた。
レッサーパンダはかわいらしく、ペットとして飼ってみたいとおもわせる愛らしい顔をしている。こういった個別性・愛着性を通して、その生き物の「死」を深く考えることができる特徴をもっている。動物園とは子どものための娯楽にとどまらず、生物の形と機能、種の法則性を感じ取り、「生と死の対比」という体験の延長線上に人間と動物の共存についての思慮を深める意義がある。
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by artkzr | 2010-09-14 19:32 | 考察

東京都写真美術館を中心とした周辺教育機関との連携生涯学習プログラム

東京都写真美術館を中心とした周辺教育機関との連携生涯学習プログラムを考える。
東京都写真美術館は、平成7年に総合開館した我が国初の写真の総合的専門美術館であり、中心となる「写真美術館」に、映像分野全般について、文化と技術の両面から総合的にとらえ体験できる「映像工夫館」を付設した、写真に限らず映像まで含めた世界的に珍しい文化施設である。
日本における写真文化のセンター的役割を果たすとともに、国際的な交流の拠点となることを目指し、1986(昭和61年)の第二次東京都長期計画「写真文化施設の設置」より現在にいたる。東京都写真美術館の収蔵品・作品資料収集はコレクション点数24839点ある。(平成20年度)
国内外の写真史の上で、評価の定まった芸術性・文化性が高い作品、東京を表現・記録した作品、各種の展覧会等で高い評価を受けた作家・作品を発掘収集している。
日本の代表作家については重点的に、その作家の創作活動の全体像を表現し得る点数等の、写真文化を理解する上で必要な写真作品(オリジナル・プリント)を中心に、幅広く体系的に収集することが当館における写真作品収集の指針である。

生涯学習施設としての活動は、展覧会会期中、出品作家とともに学芸員による展示解説を行い、利用者が作品を深く理解する一助としている。
教育普及事業としての学校と連携したスクールプログラムや、当館暗室を活用した写真プリント実技や、写真・映像のプロを目指す人を対象に、育成支援のためのワークショップの開催、地方での写真にまつわる制作授業の講義や将来の美術館活動と専門的な人材育成に向けた、インターン生の受け入れを行っている。
展覧会鑑賞プログラム、実技的な体験プログラム、当館の展覧会業務や美術館活動についての概要説明、バックヤード見学、当館スタッフやプロの講師を招いて子どもから大人まで学べる場を提供し、本格的な写真体験が出来る。
一方向性が強いプログラムとして、写真美術館で開催した展覧会と連動した展覧会出品作家、展覧会関係者による講演会、アーティスト・トーク等のプログラムの実施や展覧会会期中に、出品作家や担当学芸員による展示解説を行うなど、08年から09年の間にのべ7801人の参加があった。「東京都写真美術館年報2008-2009」

「あ・ら・かるちゃー」とは、「カルチャーのア・ラ・カルト」を意味する造語である。美術館、博物館、コンサートホール、劇場、テーマパーク等、渋谷・恵比寿・原宿にあるさまざまな文化施設が協力して、文化で街を元気にしよう!というプロジェクトで、21館が参加している。発起人である東京都写真美術館、NHK、東急文化村が連携して平成16年9月に記者発表を行い、広くアピールした事業であり、本事業の趣旨はこれらの文化施設が連携することにより、従来にも増して、該当地域が魅力ある文化ゾーンとしての認知度を高め、文化芸術に触れる場や機会の提供の拡充を図ろうとするものである。
これにより人々の生活の中に文化が浸透し、地域社会に活力を与えることを目的としている。
「あ・ら・かるちゃー」の地域連携の特性をいかし、視覚障害を持つ人を対象とした文化ツアーを提案したい。
中心となる
1)東京都写真美術館では視覚に障害を持つ人々が研ぎ澄まされた耳で、何かを感じ、空気、風、匂いその方向へカメラを向けるような撮影ワークショップ2)NHKスタジオパークでは点字パンフレットの貸出しを活用し、ラジオやテレビの制作現場を肌で感じる体験
3)渋谷C.C. Lemonホールでは聴覚で楽しむコンサートを実施。
4)観世能楽堂での謡(うたい)のお稽古は、お腹に力を
入れて声を出し、健康に良い。
また仕舞(しまい)は能の一部分を、
扇一本を使って舞うもので、キッチリ
とした構えと端正な「型」で舞うもの
で、誰でも気軽に楽しめる。
5)ギャラリーТОМは、盲人(視覚障害者)が彫刻に触って鑑賞できる美術館である。
6)太田記念美術館では、江戸文化を聞いて学べる講座と、版画が施されている版木を指でさわって浮世絵の世界観を感じるワークショップ。
7)渋谷区ふれあい植物センターは熱帯植物を中心に約200種の植物が育つ温室があるので、植物のマイナスイオンを浴び香りや触れることで多様な植物を楽しむ。
8)ヱビスビール記念館では博物館をまわった後にビヤコミュニケーションスペースの試飲(有料)ができる「ミュージアム・バー」にて、商品に触れ、味わい、ビールに対する理解を深める。
9)JICA地球ひろば体験ゾーンでは、世界が直面する地球的規模の課題を、体験型展示で学ぶことができ、さまざまな体験キットや展示品などを通して、途上国の現状や、世界と私たちのくらしとのつながりを知り、「私たちにできること」を考える。
等の施設がツアーでまわれるように連携付け、参加者が自分の興味の赴く文化体験で視覚以外の感覚をフル活用し自主的に享受できるといった趣旨で、地域巡回バスを使用し、訪れる施設も自分で選択出来る。専用のパスポートを作成し、入り口で提示することにより一般客との差別化をはかることができる。参加者は個人で参加することも少人数性の団体で共に学びを深めることも可能である。当プログラムのサポートは、ボランティアを募り運営を行うこととし、双方の学びの場とする。
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by artkzr | 2010-09-14 19:30 | 考察

私的映像文化未来論

デジタル技術やネット社会における「写真」の未来像を述べる。
写真は19世紀半ばに写真技術が発明されると普及の過程において、ブルジョワジーが安価な肖像画の手段として求めたことが大きな役割を果たした。
さらに複製技術が発達することにともない、展示デザインの中で活用されると同時に一点ものの芸術作品として価値づける制度が1937年以降活発になった。
作品発表の場を従来の雑誌や新聞などの印刷媒体ではなく、美術館やギャラリーに求める写真家がふえていった時代でもある。
一方、アンディー・ウォーホルなどにみられる後年のポップアートのなかでは、写真は大衆文化の記号として繰り返し複写されて用いられている。
アメリカの批評家スーザン・ソンタグは著書「写真論」の中で、湯水のように溢れる戦争報道写真や広告写真の映像が現実世界とのつながりを強化するようでいて、実は反対にわれわれの感覚を麻痺させ、そのインパクトを弱めていることを主張している。
写真の歴史はグローバリゼーションの歴史と深く関わっており、産業革命のさなかに実用化された。
新聞は不特定多数の公衆を読者に発行されはじめ、通信社が遠隔地の情報を送り届ける専門機関として情報の平準化をもたらした。
写真はそうしたなかで、世界へのわたしたちの想像力を根底から変化させた。
現代では2000年に携帯電話にカメラがついた機種が発売され、撮影した画像を送信・交換できる新たなコミュニケーションスタイルが成立し、小型化しパーソナル化したカメラによって生み出された多数の写真が、ブログなども含め紙媒体ではない写真イメージとして日常の中に氾濫している。
物心ついた時からカラー写真やブラウン管に囲まれて育ち、「マイ・カメラ」をもった世代には、絵筆や鉛筆よりもカメラやコピーの方が身近な表現手段であるといえよう。
現代美術のなかでも写真や映像の利用が日常化し、写真家のインスタレーション展示も珍しくなく、写真は表現行為の基本メディアとして不可欠な存在である。
さらに写真が美術館のようなシステムに取り込まれていくなかで、「写真」と現代美術との境界線は失われつつある。
個的な表現としてのそれは、ごく限られた場所に押し込められつつある。
しかしそれは「写真」の領土が狭まったと言い切るのではなく、様々な表現に浸透し融合していくことで新たな世界を構築しているとはいえないだろうか。
例えば、大戦直後にベルリンに飛び火したダダイズムでは、革命的な社会・政治情勢ともあいまって左翼的な過激主義の色彩が濃く、「フォトモンタージュ」という表現形式をとり、雑誌から切り抜いた写真や生の写真を元の文脈からはまったく自由に組み合わせて、過激なアジテーションを行った。
現在では写真コラージュのために実際に鋏を使わずして制作することが可能だ。
私事ではあるが、自身も写真家である父の影響から幼い時分からフィルムカメラを持ち日常風景を気ままに切り取っていたが、10年程まえからはファッション写真などの印刷物や自分で撮影した写真を用いて作成したコラージュを作品として額装し展示をはじめた。
近年になるとそれらに使用する素材をスキャナで取り込みフォトショップという写真加工ソフトを使ってデジタルコラージュなるものを制作している。
それらが純粋な「写真」であると定義するのは無理があるが、「写真を用いた作品」と呼ぶのは差し支えないと思う。
もしくはグラフィックデザインとも言えるが、私自身にとって制作の出発点はいつでも写真であるから、写真から派生した作品であるとしたい。
注意すべきはデジタルカメラやスキャナ・コンピュータの普及により、デジタルイメージが選択肢のひとつとして一般化されるにともない、映像メディアだけでなくメディア全般のメディア・リテラシーが求められている部分である。
時にすぐれた写真家は卓越した能力に加え、それを普遍化する力を持つ。写真家の文章、エッセイなどの「言葉」は本人の日常体験をリアルに伝える力を持ち、作品として見る者の感興を呼ぶ一助となりえる。
作品そのものだけではなく、現代でいえばブログやtwitterなどのネットワーク上のサービスで写真&文章などを作品として見せることもある。
1つの視点のみで作品の優劣をはかることは不可能だ。
未来の写真芸術作品は90年代以降のキャノンが主催する公募展「写真新世紀」にみられるような大きなサイズのプリントや、ビデオ映像・ドローイング・テキストなどとの写真以外の媒体と組み合わせたインスタレーションのような作品表現も盛んになるだろう。
その組み合わせや媒体も現実空間から仮想空間まで種々様々、無限に広がっていくはずだ。
もはや写真芸術は一方向からの物差しではおさまりきれない。
個人の写真表現は、様々な技術と個性を影響させ融合して新たな表現を生むことにより視覚芸術として昇華するのだ。



参考文献、「世界写真史」、飯沢耕太郎、2004年、美術出版社、「現代写真のリアリティ」、宮本隆司他、2003年、角川書店
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by artkzr | 2010-08-10 23:36 | 考察