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大衆化についてあれこれ。

 中世西洋世界におけるキリスト教の成立・発展と権力者を中心とした王侯貴族を担い手とした「芸術の使命が、芸術家および彼ないし彼女が代表する支配的な文化と同じ価値体系の中で教育された鑑賞者を、教え導き、感動させ、喜ばせる(註「美術史の歴史」ヴァーノン・ハイド・マイナー2003年)」考えが支配的であった時代から近代にかけてのアートの概念は日本においても、とかく西洋主導の潮流だった。

近代から現代にかけての美術は技術上・表現上において多様化し、新しい表現がうまれた。
神話・歴史・寓意といった伝統的主題によるアカデミズム芸術は、自然科学の発達や資本主義によるブルジョワジーの台頭による社会変化にともない従来の需要とは異なった市場が形成されるにつれ唯一の価値基準である必要がなくなったことに起因する。
社会的文脈と芸術的表現は分かちがたく結びついており、社会におけるイメージも芸術に対する理解が社会的・知的に変化するにつれ変容していくのである。
 
 戦後日本の工業化・高度経済成長にともなう大量消費社会は、写真・映像・新聞などのメディアの発するイメージと、美しくデザインされた物であふれると同時に、アートの潮流も、フェミニズム・ホモセクシュアル・マイノリティーなどの他者の多様な価値観を受容しようとする視点や、政治や社会の問題に取り組む視点など、アカデミーにおいて正統とされていた絵画・彫刻以外の表現方法を得て様々な方向へ広がり始めた。

1990年代以降の日本における芸術の「大衆化」について考えるとき明治時代における西洋美術の輸入から敗戦を乗り越え日本の芸術とは何か・表現はどうあるべきかを自問自答し実践してきたアーティスト達の姿勢も少なからず影響しているのではないかと推測する。

ビデオコンピュータ・インターネットを媒質に、新聞・テレビ・広告などマス・メディアを媒体に利用した作品や、ファッション・工業などの文化との融合が増えグローバル化することは、国境やジャンルの垣根を希薄にし、自分のバックボーンである母国のアイデンティティをグローカルに考える条件が整ったのではないかと推測する。
 
 その中で「日本らしさ」、西洋美術の様式が流入する以前の日本の様式はなにかと問うたとき、浮世絵などに代表される明治以前の造形や様々な日本の文化から刷新をはじめることにしたのではないだろうか村上隆に代表される漫画やオタクといったサブカルチャーをモチーフにした作品は、浮世絵や日本画の平面性を受け継ぐ「日本的」な現代表現の試みのひとつといえる。

それだけではない。
村上隆の、高級ブランド「ルイヴィトン」とのコラボレーション商品や、草間彌生の、化粧品ブランド「ランコム」とのコラボレーション商品・KDDIの携帯電話等の移動体通信事業を含む総合ITサービスブランド「au」の新ブランドiidaとのコラボレーションは、芸術作品が多くの表現方法を越境的に用いるのと同じく、デザインとの境が曖昧になり、そういった形式が、アートを美術館の中から私たちの手の中におさめることも、プリントされたTシャツに身をまとうことも可能にした。

かつて芸術の理解と享受は、権力者・知識人など全人口に対し少数派である階級に限られていたが、現在の日本は高等教育の普及率が高くなったことも無縁ではないだろう。
つまり過去の歴史にみる芸術の希少性の条件の境も曖昧になっているといえる。
 
 大衆化とは、一般民衆の間に広く行われること(註:新明解国語辞典第六版)をさす。
現代にみる複製技術の進化は、大衆にとって芸術家の作品が雑誌・画集の媒質を通して身近になった。
同時にデジタル機器の低価格化は、気軽に高画質の写真、もしくは写真加工ソフト、個人が使用出来る加工業者に発注することで、大衆自身がアート(意識しているかは別として)を作り出すことが可能になった。
インターネットの普及により、ネットワーク上で自らが撮影した写真や制作した絵画などを気軽に発表できるブログやホームページといったツールも多く存在し、また3次元でも家庭用出力機で写真のプリントアウトといったものの質も向上している。
 
 現代の大衆は、芸術を消費すると同時に、アマチュアとしての芸術制作者でもある。
こうしたアマチュアは、組織化され、より大規模な芸術制作に参加する。
デザインフェスタやゲイサイなどのアートイベントの存在は誰にでも身近なアーティストへの間口が用意されている。
ネットワーク上のflicker・instagramといった無料のソーシャル・ネットワーキング・サービスのようなコミュニティでは画像共有アプリケーションソフトウェアを使用したデジタル写真を投稿し、腕を磨いている。

種々の条件がかさなりあい、「芸術の大衆化」は「大衆の芸術化」をうみだしたといえる。

 
 芸術は社会的コンテクストにより変化していくが、この先も芸術家たちは、美術の概念を問い直すために絶えず既存の価値観やルールを疑い、壊し、新たな切り口と手段で歴史を生み出していくであろう。

参考文献:「世界を読み解くリテラシー」、井上健、2010年、有限会社萌書房、「20世紀の美術」、末永照和、2000年、株式会社美術出版社、「美術史の歴史」、ヴァーノン・ハイド・マイナー、2003年、株式会社ブリュッケ、「日本・現代・美術」、椹木野衣、1998年、株式会社新潮社、
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by artkzr | 2012-07-05 14:32 | 考察